そらとことりと森のうた

森で暮らそう。全ての束縛から解放されて。今だけを生きよう。

About me

本当の自由、本当の心地よさとは何か。それを追求したら、一番大切なものは食と性にありました。そこに気付くと、みんなが思い悩んで患っていることなど、まるでお伽話のよう。
もっと自由になろう。
もっと心地よく生きよう。

スポンサーサイト

Posted by ヨーコ on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





野良にゃんこから学ぶインボーロン 2 つづき

Posted by ヨーコ on   2 comments

野良にゃんこ富から学ぶインボーロン2 つづきです。

富から学んだこと。
猫の世界も人間社会の縮小版だったのだ。

人間は自分から進んでどんどん家畜化してきたわけだけれど、猫も同じなのですね。
野良にゃんこ富が日に日に私たちに依存していくのを見て、私はとてもがっかりしました。
元々猫という動物自体が人間に依存することによってできた品種なのだから無理からぬことなのだけど。

さて、支配とは何か。
生物を支配するには食と生殖を握ればいい。
農業も、畜産も食と生殖をコントロールすることによって成り立っているんです。

???という人はコチラ→やっぱり地獄を作っているのは人間だね

人間だってそうやって管理されてきたのです。人間同士の間でね。
文明社会にどっぷり浸かっていると、知らないうちにきっちり管理されちゃってるから気が付きにくいけれど。

人間家畜化のゆくえ

農業によってそれまではかみ砕いていた自然界の食物から別れを告げてもっと食べやすい食料だけをもっぱら生産することになった。煮たり焼いたりすることによって歯の機能は大きく後退した。そしてなんといっても都市とは自然界とはまったく違った人工環境である。そこには自然界にふれたこともないような人々が新しく誕生した。

だがそのあとのいわゆる進歩は、残念ながら人間の持つ能力を高めるはずのものだったのに、必ずそこには「省力化」というせっかくの能力を失う方向にも働いていた。結局のところ人間が怠け者であるということになろうが、それは生来持っていた鋭い感知能力や抵抗力を次々と奪っていったのだ。

一体人間はどこまで「便利さ」を追求したら気が済むのだろうか。昔から「面倒くさい」と言い始めたら老人ボケの症状の現れだといわれている。現代人はもう子供のころから面倒なことはせずに済むようになっている。

木を削ったり切ったり貼ったりはがしたり塗ったりねじったりという動詞が死語になるほど手の動きが要求されることが少なくなってしまった。この50年間の驚くべき変化は500年の間に起こった変化より激しいのだ。今の子供たちはどういうことになるのか格好のモルモットになっている。

それにしても大人たちはなんと余計なものを考えつくのだろう。たとえば「抗菌グッズ」。人間の持つ免疫力、抵抗力の存在を無視した究極の愚劣な発明。一体何を目標としているのか。世界中を無菌室にするつもりか?

人々の抵抗力の衰えは、組織な調査が行われていないだけになおさら不気味だ。O157 や院内感染でわかるように、高齢者だけでなく若者や壮年層でも自分で自分の体を守ることができなくなっているようだ。

少しでも病気やけがをすれば安易に抗生物質を飲み、普段の食生活では民族の伝統的な食生活の習慣を無視して肉食に走り飽食を繰り返しているのであるから体がおかしくなるのは当たり前なのである。

最近増え始めた、自転車についているスプリングコイル。路面の凹凸による振動を吸収するのだという。老人用ならともかく体の柔らかく運動神経の発達した子供が何で衝撃吸収をする必要があるのか?体を柔らかく保っていればひとりでに自転車だけが跳ねるというのに。

日本の歴史をひもといてみると、実に飢饉が多かった。われわれはその飢饉を生き延びた人々の子孫だ。ということは少ないカロリーで生き延びる能力が優れているということだ。そういう体質の人が現代のカロリーが有り余る食事を毎日とったらどうなるか?またたくまに糖尿病である。
快楽原則によって、人間の肉体は衰弱の道をまっさかさま。今ほど人間の英知が必要とされているときはない。つまり人間の体を良く知り、その歴史的特性を振り返ってこれ以上肉体的能力が退化しないようにライフスタイルを設定することだ。

車が出現したために、歩くのが減り、生活習慣病臥増えたなどというのは、自らの愚劣さの現れである。貧しい国には肥満者が少ない。だがアメリカ合衆国に行って街を歩いて見よ。200キロを超したデブの方がやせた人間より数が多いのではないかと思ってしまうだろう。

人間の欲望をこれほどまでに肥大させたのは、言うまでもなく企業の金儲け論理と巧みな宣伝戦略である。これを止める方法がない限り、人々は「自由意思」で食べ続け、肉体的な衰退を自ら押し進めてゆく。

自由な企業活動を制限することもできず、かといって野放しではこの先の人間の生物的可能性はますます狭まるとあれば、一体どういう手段をとればよいのだろうか?
2005年9月初稿



全く以て同感です!!
「好きなもの食べるの我慢するくらいなら死んだほうがいい」な~んて言っちゃって80kgに肥大していた当時の私を思い出します。( ̄▽ ̄;)
私も思いっきり家畜化していました。
その不自然さに気付いて良かったわぁ~!
きっかけを与えてくれた『VEGE BOOK』ホンットーにありがとう。
そしてこの世の中の仕組みを教えてくれた『完全支配』アグリスーティカル(食糧・医薬)編 感謝!


にゃお膝に乗る


で、富とどうやってサヨナラしたかというと、とても簡単。
3日間威嚇しただけ。
急接近する前と同じ、お魚があるときだけ、接触せずに森の端っこに置いておくことにしました。
次に行った時に無くなっているので、たぶん富が食べているんでしょう。
はい、元通り。
関連記事
スポンサーサイト





Comment

ヨーコ says... "鍵コメさんへ"
コメントありがとうございます。
私も、アルジュナも三つ目もぜ~んぶ見ましたよ!どちらもいろんなメッセージがありますよね。
ヒントは日常生活の中ににたくさんあって、目の前にあってもなかなか見ようとしない人が多いです。
その段階だということですね。今回はゲームオーバーで再挑戦ってことでしょうか。
気づくだけではなく、実践してクリアできるのですからじっとしてはいられませんネ。(*゚∀゚*)
2014.01.26 22:19 | URL | #- [edit]
says... "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014.01.26 17:47 | | # [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。